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会長の命日に思う

今日は会長の命日。
2020年1月19日の午前、約1年半の壮絶な闘病の末、すごく安心したような穏やかな表情で息を引き取りました。
翌日の1月20日に豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号が香港に向け、横浜港を出航しているので、まだその時、新型コロナウィルスという未知の恐怖を知らないでいたことが、今思うと不幸中の幸いです。

このブログでは、会長の人生とナカノオートの創業ストーリーを綴った、「今日から明日へ」に触れながら、その後の変化と今思っていることを書きます。

創業ストーリーはこちら

サイトで公開している内容は、もとは1冊の冊子になっています。2019年の初夏に取材をしてもらい、編集を繰り返し、製本されたものを会長に手渡せたのは、2020年の年明けでした。あの時の会長の喜んだ笑顔は忘れられません。

悲願の移転が決まったのは1年後でした。長岡北スマート産業団地の第1期エリア分譲から申し込みをしていましたが、コンペに勝てず悔しい思いをしながら、最後の第3期エリアで進出が決まりました。進出の報告を聞いたとき、体の中で何かが弾けるように私は、喜びました。「やった!ついにやったぞ!」
でも、次の瞬間、この喜びを一番分かち合いたい会長がそばにいない寂しさに、「うわーん、うわーん!」と声をあげて泣いたこと忘れません。父に努力を誉めてもらいたかったんですね。

私は、会長亡き後に経営者として本当の意味で「本番の人生」を歩んでいると感じます。会長が示してくれた未来につながる道を力強く歩んで次につないでいきたい。もっと多くの”家族”に歩んでもらいたいです。

最後に父への想いを書いたページを紹介します。こちらです。

父とは、よく渓流釣りにいきました。2015年4月3日解禁すぐの魚野川本流にて八海山を撮影。