中野澄はこう思う中野澄はこう思う

ブログを始めました。後半

しばらく時間が空いてしまいました。前回のブログから続きです。
富山市ガラス美術館で”自由”ということに迷う自分とナカノオートの理念について
考えを深めたという話の続きです。

前回のブログ
https://nakano-auto.co.jp/column/87/

迷っている間は苦しい時間です。行き先とゴールが明確になれば、行動すればいい。
何を書こうか悩んでいる間は、私にとって自分が情けなく、苦しい時間でした。
そう思っていた自分に対して、ふと気持ちが楽になりました。
自由なテーマでブログを書けないでいる自分に対して、そうか、迷っていていいんだ。
何についてどう書いていくか、迷っている自分は自由ということ。
このブログの行き先も自分が決められる。
そういう自由を与えていただいてるんだと。

そう思えたのは、カースティ・レイ:静けさの地平 という展覧会の3階から2階へ
階段を降りた時に、作品の解説パネルに書かれた文字に焦点があった時でした。

迷いと自由
Lost and Free

思わず言葉を飲み込み凝視しました。

違う解説パネルには、迷うことについて書かれていました。

迷うことについて

迷うことなくして、いかなる新しい発見もない。

私が受けた初期のガラス教育の美点は、
誰もやり方をそれほどには知らなかったということだ。

私たちは失敗し、ガラスという素材や工程の中で自らを見失った。

そして、それらの経験を通して学び、制作プロセスを発見していった。

-KR

”家族”の「クルマごと」もっと自由に
ナカノオートの経営理念に通ずるものを感じました。

クルマのプロとして多くを学び、顧客のよりよいくらしのために既存概念に捉われず
想いに寄り添い、最適な提案を模索する。

私たちは、顧客のクルマごとに向き合う時に悩みます。
顧客の本当の願いは何だろう。それを叶える最適な提案は何だろうか。
今は、最適な提案だとしても数年後もそう言えるだろうか。
まだ聞き出せてないことはあるだろうか。
悩みながら顧客の本当の願いを形にしていく。

とてもクリエティブな仕事だと思いました。